[La Campanella]
La corda d'oro

 朝一番の音は『ラ・カンパネッラ』。

 リリの店で売っていた録音機能付きの目覚ましは、話の成り行き上、志水くんにあげてしまったのだけど、人にあげた後で自分でも欲しくなってしまい、フツーの店に探しに行った。
 無事ゲットした後、録音する曲を何にしようか散々迷っていた私に、ヤツは苦笑半分の笑顔で言った。
「飽きたら変えればいいだろう?」
 確かにそれもそうか、と頷きつつ、毎回録音の際は演奏して貰う約束も、ちゃっかり取り付けた。

 一番最初は『ジムノペディ第一番』。大好きな曲だけど、あまりにも静かすぎて起きられなかった。ので即日変更決定。
 じゃあ今度は賑やかな曲で!と思い、次は『闘牛士の歌』。例の一番賑やかな所を入れて貰ったけど、あまりにも賑やかすぎて、心臓に悪すぎた。その為これは三日で変更。
 次に、思いついたのが、現在の『ラ・カンパネッラ』。
 タイトルの意味は『鐘』。朝を告げる鐘、なんてヨーロッパのどっかの国みたいで格好いいじゃない!と、思いついた自分を自画自賛しつつ、購入して五日目にして三曲目のおねだりを敢行した私に、返ってきたのはこんな言葉。
「また君は、難しい曲を…」
 だけど、そんなことを言いながら、さらっと弾いてしまうんだから、「やっぱ君は嫌みなヤツだよ」と言ったら、何も言わずにただ苦笑してたっけ。
 そりゃ私だって、ヴァイオリンを弾くようになってからは指が痛くても肩が痛くても腕が上がらなくなりそうになっても、根性で練習を重ねてきたんだ。技術的にはまだまだだし、本当は人様に聴かせられるレベルになんて、まだまだ達してなんていないことは重々分かっている。でもまあなんとか、自分でも弾けないことはない(私の演奏を好きだと言ってくれる人もいるし)(お世辞かもしれないけど)(でもやっぱりちょっと嬉しかったり)。
 けど、やっぱりヤツの演奏はひと味もふた味も、というか全然全く明らかに違う(当たり前と言っちゃ当たり前なんだけど)(私と比べる方が間違ってる)。
 高い技術を持ってることは勿論知っていた。その上、こんな超絶技巧曲の中に甘やかな艶まで含ませるんだから可愛げない。ってまあ、その演奏が好きで堪らないからこそ、頼んだんだけどね、勿論。
 おお、毎朝、大好きな彼の演奏で目覚められる幸せよ!

 ――っと、毎朝一々こんな風に浸ってるから支度が遅れるんだ!
 耳元の目覚まし時計から流れてくる演奏に酔っていた思考を切り離して、ベッドから飛び起きる。クローゼットを開けて制服に着替え、台の上に出しっぱなしだった楽譜を纏めてファイルの間に。それを鞄に入れて、ヴァイオリンケースと一緒に抱え、慌てて階段を降りた。
 下に行ったらまずは洗面所。髪を後ろに一つで結んでヘアバンド。顔を洗って化粧水をはたいて日焼け止め。そこまでやったら居間に行き、用意してあった朝御飯を慌ててかっこむ。
「喉に詰まらすわよ」
 母親の忠告が聞こえてくると同時に咽せた。なんてお約束。
「ほら、言わんこっちゃない」
 呆れながらも差し出された水を飲んで、一息つく。
「…死ぬかと思った」
「ほらほら、早くしなさい。のんびりしてる時間はないんでしょ」
「そうだった!」
 再び、だけど今度は喉に詰まらせない程度に急いでご飯を食べて、食器はキッチンに。
「ごちそうさまでした!」
 叫んで、再び洗面台の前。
 歯を磨いた後は、ミストをつけて、ドライヤーで髪をブロー。(一応)年頃のオンナノコとしては、これだけはどんなに時間がなくても譲れない。しっかりきっちり念入りに。右側の一部分、跳ねが直らなくて四苦八苦しつつも、何とか満足行く仕上がりになった時、狙い澄ましたように、玄関のチャイムが鳴った。
 腕時計に目を走らせると、針が差すのはきっかり八時。いつもながら、あまりの正確さに内心舌を巻く。
「お迎え、来たわよー」
 言いながらおそらくインターホンを取っている母親に、
「今行くって言っといてー!」
 と伝言を頼み、最後の仕上げに軽くグロス。よし、完璧!
 靴を履いてドアを開け、
「行ってきまーす!」
 家の中に声を掛けて、顔を上げた。
 門の入り口に立っていた、最愛の彼氏に、一言。
「おはよう!」
「おはよう」
 隣に並んで学校までの道を歩く。

 今日もきっと、いい一日。

「Are you ready?」での香穂子の寝起きと対比して読んで貰えると嬉しいかも。 『ラ・カンパネッラ』と言えば土浦だろ、というツッコミがありそうですが、何故月森にしたかというと、単に私がヴァイオリンバージョンの方が好きだからです。でもピアノのも大好きです。<節操なし とか言っておきながら、『ジムノペディ』はピアノで弾いて貰ったことになってます。月森氏は両方弾けるので重宝しそうだ。<何に
【 [La Campanella] /end. written by 紗月浬子 】