D.C.
La corda d'oro

 学校が休みの土曜日。天気もよく、部活も休みだったこともあり、土浦梁太郎は、一人街に出た。
 この間衣替えをした時にクローゼットの中身をチェックしてみると、ここ一年でまた背が伸びた所為だろうか、去年まで着ていたものが合わなくなっている、というのが幾つもあった。さほど着る物に拘る質ではないが、現役サッカー部員たるもの身体を動かす機会は多いこともあって、洗い替えは多い方が助かる。手持ちのワードローブではあまりに心許ない気がしていたのだ。
 丁度いい、とばかりにそれを親に話して小遣いを貰い、衣服の調達、と相成ったわけだ。
「全く、どこまで大きくなるつもりなのかしら」
「男は大きい方がいいと言っても、それだけ大きいと家じゃ邪魔よね」
 なんてことを呆れ半分に母親と姉に言われたが、そんな事を言われてもしょうがない。それに、確かに一般的には十分背の高い部類に入るだろうが、サッカーをするにはもっと大きくてもいいくらいだ。

 コンクールが終わってから初めての週末。
 コンクール中は週末も必ず会うことが出来ていた。勿論それは練習が前提の事ではあったがために、互いの演奏を聴いて解釈に関しての意見を交換したり、一緒に合奏をしたりと、平日と変わらない過ごし方だったが、それだけでも充実した楽しいと思える時間だったし、休みの日でも顔を見られることで、心が浮き立つ自分がいることを自覚していた。
 今日、出掛けようと思った時にも、当然のように香穂子の顔が頭を過ぎった。
 が、学校への行き帰りはいつも一緒だとはいえ、何か改まって店で一緒に買い物をする、ということが、どうにも気恥ずかしい気がするというのも確かだし。
 何より。
『コンクール中は何だか色々後回しにしちゃったから、この週末はやらなきゃいけないことが山程あるなー』
 昨日の帰り道すがら、溜息混じりに、香穂子がそんな事を言ったから。
『そうか、しっかりやれよ』
 週末会えないか、という誘いを飲み込んで、そう言うしかなかったわけで。

 あの日に一応、彼氏彼女、という関係になった(はずだ)けれど、数日経った今もコンクール中と何ら変わりばえしない気がする。
 やる事が沢山溜まっていると言ったって、少しくらいなら時間を空けられたかもしれないし、もしかしたら自分から誘うことを待っていたかもしれない、と思ったりもした。
 人からの誘いをただ待つような大人しい女じゃないのは分かっていているけれど――ただ、そう思いたいだけなのかもしれない。自分と同じ様に、向こうも、会いたい、と思ってくれているのだと。

「……ったく、何ぐだぐだ考えてんだか…」
 土浦は小さく呟き、嘆息した。
 何だかんだ言っても、単に会いたいだけなのだ。自分が。
 ここ最近、思考が自分らしくない方向に行くことが多くなっているのは自覚していた。けれど、あまり認めたくはないのも事実だった。
 正直言って未だに良く掴みきれない感情だし(何しろ初めてだから)、今更ながらに、突き詰めて考えると自分が自分ではなくなるような気がして、どうにも居心地が悪い。
 そういった面にはやたら鋭い姉などには、最近何かあったでしょ、などと訳あり顔で言われたりすることも、面白くないことの一つではあったが。

 そんな事を考えながら駅前通りを歩いていると、ふと、見た事のある姿が視線を横切った気がして、土浦は足を止めた。
 土曜の駅前通りは人が多く、雑踏の中に紛れている個々を認識するような余裕は余りないに等しい。頭一つ上の土浦がざっと眺め渡して見ても、別段、近くに見知った顔があるというわけでもない。
 が、その中で、土浦の視線が、一人の後ろ姿に惹き付けられた。
「……あれは」
 十メートルはゆうに離れた店先。
 ベージュのコットンセーターとジーンズにスニーカーというラフな格好。ストレートの長い髪。
 何処にでもある格好だし、人影が邪魔して良くは見えないけれど、立ち姿や背格好が見知った人間のものに見えて、土浦は目をこらした。と、その人物は土浦がいるのとは反対の方に向かって歩き出す。それを見た土浦は、人混みをかき分けるように走り出した。
「香穂!」
 声が届く範囲まで近付いた時、声を掛ける。が、雑踏の中だからか全く気が付いていないようで、足が止まることはなかった。しかしすたすたと大股で移動するその歩き方は、やはり良く知った人間の物だった。数人と肩や腕がぶつかりつつ、その相手に謝りながら道を走り、漸く肩を捕まえる。
「香穂」
 驚いたように、歩行者天国になっている往来で振り向いた香穂子は、土浦の顔を認めると、パアッと明るい笑顔を見せた。
「こんなとこで会うなんて偶然だね」
「ああ。後ろ姿が見えたもんだから…追いかけてきちまった」
 そんな土浦の僅か照れくさそうな顔を見上げ、香穂子は笑った。
「後ろ姿だけで?この人混みの中で良く分かったね」
 お前だから分かるんだ。
 そう思いながらも口に出さず、土浦は、平静を装って返事をした。
「まあな、お前…目立つって言うか」
「え、そう?」
 言ってから、香穂子は自分の全身を眺める。
「別に普通の格好だと思うんだけど」
 首を傾げる香穂子に、土浦は苦笑した。
「格好のことを言ってるんじゃないんだけどな」
「……えっ」
 驚いたように目を見開いた香穂子から、土浦はふい、と目を反らして。
「……見付けたのが俺で、そこにいたのがお前だからだろ」
 一瞬絶句した香穂子は少し照れながらではあったものの、びし、と土浦に指を突きつけ、くすりと笑いながら言った。
「そこ、そんな照れるような事を堂々と言わないように!」
 それを受けて、土浦も微笑む。
「だから言うの止めようと思ったんだ、俺は。お前が鈍いのが悪い」
 お互いくすぐったそうに笑い合ってから、通行人の邪魔になるな、と脇に移動する。
「土浦くんは買い物?」
「ああ。お前もか?」
「うん。昨日帰ってから漸く衣替えしたんだけどね、そしたらなんか色々着れない服とかあって。ちょっと買わなきゃだめかな、って思ったんだ」
「へえ…そうか。俺も同じだよ。背が伸びちまったせいで、着れなくなった服が多くてな」
 土浦の言葉に、そっか、と香穂子は微笑んだ。
「本当に大きいもんねー。そう言えば聞いた事なかったけど、身長いくつあんの?」
「俺か?この間測った時は…確か、181cmだったかな」
 うわ、180以上か!と驚く香穂子。
「そんだけ大きいと、見えてるものとか、私とは違うんだろうなあ……」
「まあ、そうだな。とりあえずお前が見えないもので俺に見えてるものを一つ挙げてみようか?」
「うん」
 わくわくと期待した目で見上げてくる香穂子の頭に、土浦はポン、と軽く掌を乗せた。
「お前の旋」
 すると、香穂子は拳を握ってふるふると戦慄かせる。
「…なんっか、すっごい屈辱……」
 私なんか見上げないと顔だって見えないのに不公平だ!とむくれる香穂子を見て、土浦は吹き出した。
「なんだよ、じゃあお前は俺が小さい方が良かったか?」
「……んー、それも考えられない。土浦くんに見下ろされるのもいいかげん慣れたし」
「バランス的には悪くないだろ、男が高い方がさ」
「うんまあ、確かに、そうかな」
 頷いて笑う香穂子に、土浦は小さく笑い返し。通りをざっと眺め渡してから言った。
「目的も同じみたいだし、一緒に見て回るか」
「え……」
 驚いたような顔をする香穂子を見て、土浦は一瞬ドキリとした。
 土浦としては当たり前の事を当たり前に言ったつもりだったが、もしかして、会いたいと思っていたのは自分だけで、彼女は違っていたのだろうか。自分と買い物して回るのは迷惑だとか思っているのだろうか、と。
 しかし、そんな内心などおくびにも出さず、少し首を傾げて聞く。
「なんだ、嫌か?」
 すると、香穂子は慌てたように首と、ご丁寧に両手までを大きく振って否定した。
「まさか、違う違う。けど、男の子って女の買い物付き合うの嫌がるでしょ結構。私も類に漏れず買い物はのんびりしちゃう方だし、目的以外の物も見たりするし、苛々させちゃうかもって思っただけだよ」
「ああ、そんなことか」
 内心ホッと胸をなで下ろし、土浦は微笑んだ。
 嫌がられていたわけではないと知り、気持ちにかなり余裕が出来る。
「別に俺は構わないぜ。じゃあ、のんびり見て歩くか」
「うん」
 意識せずとも互いに僅か頬を緩ませつつ、並んで雑踏の中を歩き出して、すぐのこと。
「ねえねえ」
 香穂子に横から見上げられ、なんだ?と視線を向けた土浦は。
「これって、デートだよね」
 嬉しそうに笑った香穂子の言葉に。
「……そう、だな」
 不覚にも、思わず赤面してしまった。


「ねえ土浦くん、やっぱりいいって。自分の荷物くらい自分で持つから」
 何だかんだと歩き回り、結局二人してみなとみらいの方まで見に来てしまっていた。土浦の片手には自分自身の買い物と、香穂子が買った洋服の紙袋。それを何とか取り返そうとちょろちょろ周りを動いて手を出そうとしている香穂子を、片手で押しやり、土浦は苦笑した。
「いいからちゃんと前見て歩け。さっきから荷物を人にぶつけるわ何もない所で転けるわで見てる方が危なっかしい。他の通行人の為にも、これは俺が持ってた方がいい」
 人に荷物をぶつけては謝る、という事を繰り返している香穂子を見かねて、土浦が荷物を取り上げてしまったのだ。
 土浦の言葉に、しゅん、と俯いた香穂子が、ボソリと呟いた。
「ごめん…私、なんか人混み歩くの、苦手なんだよね…」
「別に気にしてない。……っておい!」
 俯いていたせいか、また前から歩いていた人にぶつかりそうになる香穂子に声を掛けると、慌てたように避けて、今度は横を通り過ぎようとしていた人に激突している。
「す、すみません!」
 思わず吹き出した土浦は、赤くなった顔の香穂子に睨まれ。横を向いて咳払いしつつ、笑いを収めてから、目に飛び込んできた光景に、また声を上げた。
「香穂!…っと、本当に前向けって」
 またもや通行人と激突しそうになっていた香穂子の肩をぐい、と引き寄せる。突然だったせいかバランスを崩して腕の中に転がり込んでくる身体が密着し、自分とはあまりにも違う身体の柔らかさに、土浦は一瞬絶句して、上を向いた。
 その後でパッと肩を離すと、意識して低めの声を出し、注意する。
「気を付けろよ。指、怪我したくないだろ?」
 ハッとしたように香穂子は頷いて、自分の左手を右手で包み込むように、胸の前で軽く握った。
「……うん、ありがとう」
 どうやら効果があったらしい、とホッと息をついた後。はた、と思いついて伸ばそうとした腕をそのままに、逡巡すること暫く。思い切ったように、肩を軽く抱き寄せた。
「こうしとけば、ぶつからないで済むだろ」
 非常に照れくさくはあったが、あまりにも危なっかしくて見ていられない。何か言うかな、とも思ったが、香穂子は特に嫌がる様子も見せず。
「…すみません。お手数お掛け致します」
 などと何処か神妙な顔で謝った。少し拍子抜けしつつも、そのまま歩き出して暫く。
「…なんか、これっていかにも恋人同士、って感じだよね」
 香穂子が少し嬉しそうな声で言うのを。
「どっちかって言うと、手の掛かる妹の面倒見てる兄貴、って気分だ」
 土浦はわざと大きい溜息をついて見せる。
「…っ、確かに面倒かけてるけど、今は!いつもはこんなんじゃないし、私!ってちょっと聞いてんの、土浦くん」
 憤慨したように見上げてくる香穂子を、どうしようもなく可愛い、などと思ってしまいながら、それを表情には出さず、はいはい、と適当に聞こえる返事をしつつ、次の目的地へと向かって歩き出した。


「なんか、空の色がおかしいよね、さっきから」
 茶店で一息付いた後、公園でも行こうか、などと言って歩き出したはいいものの、空模様がかなり怪しくなっていた。
「一雨来そうだな」
「まだ三時なのに、急に暗くなってきた気がする…」
 そう言った香穂子が立ち止まって空を見上げた途端。山の方角にある雲の間を光が横切るのが見えた。
「あ、雷……!」
 驚いたように目を見開いた香穂子が、うわっ、という声を上げた。
 ドーン、という音を響かせ、雷が落ちたのだ。
「夕立か…どっか入った方がいいな」
 土浦が顔を顰めた途端。勢い良く雨が降り出してくる。それに応じたように、雷も立て続けに鳴り出した。
 すぐ目の前は公園で、近くに店などはない。既に大雨と言ってもいいくらいの量が降り出している。こうなったら、ぐずぐずしてはいられない。生い茂っている木の下なら殆ど濡れることはないだろう、と、土浦は香穂子の手を引いて走り出した。
「ちっ…行くぞ!」

 公園の大木の下に避難した二人は、空を見上げて溜息をついた。
「後十分店出るの遅ければ……」
「まあ、言っても仕方ないな」
「そうだけど……」
 立て続けに落ちる雷の音は相当大きくて、声が聞き取れないこともあるくらいだ。これだけの雷鳴を耳にする機会はあまりない。土浦は単純に空に走る稲光を見て(結構綺麗なモンだな)などと思っていたが――。
 言葉少なに顔を顰めている香穂子を見て、土浦は、「なんだ怖いのか?」とからかおうとして、その言葉を飲み込んだ。土浦の視線から隠すように、遠い位置にある方の手をぎゅっと握っているのが見えたから。
 良く見てみれば、顔色も少し良くないようだ。
 女は雷が怖いなどと良く言うが――。
 人に弱みを見せることが嫌いな香穂子は、怖いなどと口にすることは憚れるのだろう。やたら黄色い声を発してきゃあきゃあと喚く女も多いが、よくよく型に当てはまらない女だ、と土浦は思う。
「……ほら、こっち来い」
 言って、土浦は先程のように片腕を伸ばし、香穂子の肩を抱き寄せようとした。が。
「な、なんで。別にいいよ、大して濡れてないし、寒くもないし!」
 意地を張って後ずさる香穂子に、土浦は苦笑して。
「いいから。無理すんな、怖いって顔に書いてある」
 そう言うと、頭を抱え込んで腕の中に閉じこめてしまった。そして気付く。ほんの僅か、小さく身体が震えていたこと。心臓が、大きく早く打っていること。
「…ちょ、土浦くん、ホントに怖くなんか…!」
 言った途端、近くに落ちたのだろうか。破壊音と言ってもいいくらいの音が、地響きを伴って耳を襲った。
「……っ!」
 反射的に竦められた首とシャツを握りしめる手。
 その仕草に庇護欲をそそられた土浦は、両腕を使って軽く香穂子を抱き締めた。
「土浦くん、あの…うわっ…!」
 何か言おうとするたびに、それを阻むように雷鳴が鳴り響く。それを好都合、とばかりに、土浦は香穂子を抱いたまま。
「誰にも言わない。からかったりもしない。だから気にせず避雷針代わりに使ってくれ」
 こんな近くの避雷針じゃ香穂子も被害に遭うのは必至だろうけどな、とかいうツッコミを自らしつつ、ぽんぽん、と背を優しく叩くと、少し安心したのか。
「……ありがとう」
 言って、頭がもたれかかってくる。

 体温が触れ合っているところから、熱を帯びてくるのが分かった。このまま思い切り、身動きが取れなくなる程にきつく抱き締めてしまいたいという衝動に駆られる。強く腕の中に閉じこめて、顔を上げさせて、無理矢理にでも口唇を塞いでしまいたい。いつも小気味いい程にポンポンと言葉を投げかけてくる赤くつややかな口唇は、きっととても柔らかく、甘いだろう。
 激しい落雷の度に首を竦める香穂子が妙に小さく見えて、愛しくなる。その分、欲望も湧き上がった。
 けれど、怯えている香穂子を、このまま出来る限り優しく守ってやりたい、と願うのも事実で。実際には、全身を緩く包み込むように抱き締めるだけだった。

 そのまま大体十数分も経った頃、雷が段々遠くなってくるのが分かった。はあ、と安心したように息を吐き、
「土浦くんありがとう。…正直、すごい助かった」
 と少しバツが悪そうに言いながら離れようとした身体を、土浦は腕の囲いから逃がさず。
 戸惑ったように顔を上げた香穂子を見下ろして、一言。
「なあ」
「はあ」
「俺はいつまで『土浦くん』なんだ?」
「いや、特にいつまでとかは決めてないけど。なんで?」
 至極真面目な顔して切り返す香穂子に、土浦は半分脱力しながら溜息を付いた。
「あのな」
 すると。
「冗談だって。梁太郎」
 ニヤッと笑いつつ、香穂子はそう言った。
「よし」
 下の名前で呼ばれるだけで、何故かとても嬉しいと思う。土浦は、優しく微笑んで満足そうに頷いたが。
「梁太郎、か。梁太郎、梁太郎、梁太郎……っと、舌噛みそう。んー連呼しにくいから、短くして、梁、とかもありかな」
 腕の囲いから離した香穂子がブツブツとそんなことを呟いているのを見ている内に少し照れたのだろうか、ふいと顔を背けた。その視線の先では、雲間が切れ、日が覗いている。
「割とあっという間だったな」
「うん、そうだけど…もーキライだよ雷なんて……」
 ボソリと呟かれた台詞に、思わず土浦は吹き出した。
「な、なによ!悪かったね、似合わないよどーせ!」
「いや、今日は結構意外な面が見られて楽しかったぜ。それに……」
「それに?」
 やや不満げな表情で見上げてくる香穂子に背を向け、歩き出しながら。

 コンクールが始まってからずっと、一緒にいて楽しいと思ったり話をしたいと願ったりする女が初めてで、かなり戸惑ったりもしていた。未だ慣れない感情に居心地の悪さを感じてしまうようなこそばゆさも、どうしようもない。けれど、こんな感情も、悪くない。むしろ、心地良いとすら思えるのだ、とても。
 気が強くて負けず嫌いで飄々と生きているように見えていても、実はドジだったり、少し恐がりだったり。
 意外な一面を見付けるたび、得したような気分になる。そしてそれを誰にも見せたくないと思ってしまう。自分の中に、自分でも呆れるくらいの独占欲が潜んでいた事を知る。
 それほどに何かに執着する自分が、今までは想像出来なかった。
 でももう、認めるしかない。

「それに、何よ!」
「……何でもない。ほら、まだ他も見たいんだろ、行くぜ」
「誤魔化したな」
「何でもないって言ってるだろ」
「ったく、仕方ないなー。今日はまあ、色々助けて貰ったし追求しないでいてやるか」
「なんでそんなに偉そうなんだ」
「偉いから」
 何がどう偉いんだ、と思いながら、土浦は後ろに見えるように指を折りつつ、今日の香穂子の失態(と本人が思っているだろうこと)を挙げていく。
「人にぶつかるわ、何もない所で転けるわ、雷は」
「わーっわーっ!煩い、それ以上言わなくていい!」
 焦ったように自分の腕を引く香穂子の真っ赤になった顔を見て、土浦は声を立てて大笑いしてしまう。
「他のヤツは知ってるのか、お前が雷怖いって」
「知らないよ!って言うか、誰にも言わないって言ったじゃないよ!」
「言わないって。聞いてみただけだろ」
「もう、だから嫌だったんだってば!」
 きいーっ!とでも言い出しそうな、頭から湯気でも出しそうなほど、おかんむり状態の香穂子が、どうしようもなく可愛くて仕方なく思えてしまう。
 ――ああ、これが何とかは盲目とか言うヤツなのか。
 土浦はそんな事を思いながら。
「ったくもーっ、梁太郎の馬鹿ー!」
「馬鹿で結構」
 自覚はしてる、と心の中で苦笑した。

 雷は遥か遠くに。明るく青い空が頭上に広がっている。

 こんな風に、改めて再確認するなんて、どうも柄じゃない気はするが。
 香穂。
 俺はやっぱり、お前が、どうしようもなく好きみたいだ。

【 D.C. /end. written by riko 】